病気になってもいっぱい遊びたい

私達は、病院で子どもと遊ぶボランティアです。退院してからも出会いの場を大切にしています。

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お母さん食堂の使命

4月14日、朝8時ライン電話。Tさんから。昨日から容態が悪くなって今朝亡くなったという訃報でした。 「入院経験して、辛いこともありましたけど、いいこともあって。坂上さんとかボランティアさんにお逢いできて、それがとてもうれしかったです。借りていたCDとか、お弁当箱とか、すみませんが病室に取りに来てもらえますか 」
病室に行って、お子さんと対面をして最後のお別れをしました。
お母さんのぬぐってもぬぐっても止まらない涙に涙しながら、「〇っちゃんもママもよくがんばりました」

Tさんは今年から始まった「お母さん食堂 」最初のお客さん。「今子どもが薬で寝ているんで」といい、食堂にもよく来てくれて、お手伝いしていただきながら入院生活のことなど、いろいろお話しをしてくれて、「遠くの親戚より近くの他人って本当てますね、ここで、、ごはん食べて、おしゃべりして
本当に元気になれます」そんなことを言ってくれた。
「土曜でなくても時間の許すとき、遊びに来て下さいね」
だんだんお子さんの病状が悪化。ICUに入った、輸血をした、酸素がはずせなくなった、そういうラインが届くようになって、外に出る時間もなくなると
私は病室まで差し入れに何度かいったりした。
ある日「お弁当も差し入れもいりません。子どもがこんな状況なので食欲がわかなくて、胃が痛くて」
「ママが倒れたら看病も出来ないのよ、無理にでも食べないと」そういってドリンクヨーグルトなど差し入れしたら「人に持ってきてもらうと、無理にでも食べようと思えました。やっぱり食べないとダメですね」
それを聞いて、料理の達人ボランティアが「消化のよいポタージュスープに野菜をすりおろして混ぜてもっていくわよ」って。
そうやって、この日まで私達の行き来は回数にして20日ほどでした。
お母さん食堂は病気のお子さんに付き添うママに栄養だけでない、もっと深い、大事な尊い使命をもつ活動なのだと思いました。(合掌)f:id:asovo:20180415141343j:image

通訳ボランティア李君大活躍!

すごいね!通訳ボランティア大活躍!
2018年4月14日(土)
遊びの時間第5を除く毎週土の14時から15時半
ボランティア11人 遊んだ子ども7人
プレイルーム2人、大部屋2人 個室3人でした。

今日のちょっといい話。
看護師さんに頼まれて入った個室のお嬢さん11歳(小学6年)リーダーが部屋にいくと、女の子は言葉が分からず、お母さんがたどたどしい日本語で対応。
ボランティアが遊びに来たといっても通じなくて、手を振っていらないという動作。
すると造形ボランティアのいっこさんが「見本をみたらやる気になるかも」といって、 きらきら光るビーズやネイルをもって再び女の子のお部屋に。
ところが、いっこさんもすぐに引きかえしてきた。
「女の子っぽい遊びは嫌いなんですって断られたわ、将棋なら出来るって」
ということで別のボランティアが将棋をもっていくと、「将棋が違う」と言われたとかでこれもボツ!
これらは娘さんとお母さんがやりとりし、お母さんが通訳していた。
「何語で会話してたの?」「たぶん韓国語」
「言葉が通じないと本人の意思が伝わらなくて、こまったわね、だったら近所に韓国語の出来る李君がいるから、来てもらおうか」
先週も来てくれた李君にメールをするとたった10分で来てくれた。
李くんが部屋に行って「あれっ?」て顔。そして「ニーハオ」
坂上さん、韓国語でなくて中国語です」
 「あら?ごめん、誰かが韓国語って言ったんで」
「大丈夫、ぼく中国語も出きますから」
といい、おしゃべりするなかで女の子がピアノが好きなことがわかり、李くんはキーボードをい病室に運んでピアノ教室になりました。
お母さんが入院してもう1か月になること、これからまだ半年は入院が続くことなどを
お話ししてくれて、個室にいるので、退屈していて、ぜひこれからも来て下さいと言われました。
すごいね!李くん、英語、韓国語、中国語をあやつり、ピアノまでも弾けるって!
ボランティアのみんなが李君に拍手しました。
実は李君、パパが中国、ママが韓国のハーフです。
彼も6歳のとき、この病院に入院して、その時ガラガラドンの通訳ボランティアに助けられました。その経験からボランティアに登録してくれています。
一緒に遊んだ女の子から「また来てね。来週も来てね。ぜったいに」と言われたそうです。大役ご苦労様!
追伸
「でも坂上さんもすごいなあ、遊ぶの無理かなって思った子どもに適材適所のボランティアを探し出してマッチングするなんて、これぞ、ボランティアの多様性を生かしたコーディネート!坂上さんもかっこいいよ~」😊

年度始め

4月の今頃はいつも走ってる。
今日は朝10時に会計ボランティアの加藤さんがやってきて3つの通帳記入とレシート3月分までパソコンに打ち込み、年間の活動表も記載したりで、加藤さんが帰ったのは午後5時すぎ。ありがとう!すみません。こき使って。
会計の打ち込みはおわっても都庁に出すにはこれを活動計算書とか貸借対照表とかに移すのでそれは
別の会計がこれからやってくる。

この間、助成金の報告書を2つ出す方と、申請する方もあって、今日までに出さないとならない書類もあって、新規の通帳を取りに新宿の銀行にいったり、途中でインク切れのインクを買ったり、大急ぎでもどって、印刷待ちの書類を印刷し、あら、忘れてた、と急ぎの手紙の返事を出してないのに気がつき、きたない字で書いて、またポストに走ったり、
メールも今日だけで何通やりとりしたか、朝6時から出勤してパソコンに座って今6時半なのに、まだ書類が片付かない。
「よく働いたているね」と自分で自分をほめている。でもこれは大勢のボランティアの協力のおかげ。

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お母さん食堂2018年四月から本格的スタート

4月7日土曜 

認定NPO法人 病気の子ども支援ネットの新事業「お母さん食堂」のオープンの日でした。
今後、毎週土曜日に事務所を開放して、入院中のお子さんの付き添いをしているお母さん方に温かい食事を提供します。
食堂はお弁当作りを手伝って下さるボランティアさんと代表の坂上さんが腕をふるいます。

付き添いのお子さんから離れられなくて、事務所に来られないお母さんにはお弁当にして届けていますが、昨日はオープン初日なので、お届けはなしで事務所に来ていただくことにしました。
「初日、お母さん食堂来る?」とお誘いいただいて、行って来ました。

テーブルの上には、温かいご飯にお味噌汁、たっぷりサラダ付きの熱々コロッケ、ゴボウのきんぴら、ひじき、切り干し大根等の小鉢が並んでいました。
ひゃ~!うちだとこんな品数いっぱいのお昼なんて食べないわ(≧∇≦)品数いっぱいで、外の定食屋さんで食べるランチのよう♡
コロッケなんて、めったに家で作らないなあ。手作りコロッケなんていつぶりだろう(๑˃̵ᴗ˂̵)
元々お料理上手の坂上さんの作るご飯は、どれもとてもおいしいのです。
あったかいご飯はもちろんのこと、付き添いのお母さんの辛さを理解してくれる存在は、本当にありがたいと思います。

昨日の利用者さんはお一人だけ。
お子さんが腎臓の疾患で入院されているお母さんでした。未就学児には必ず親が付き添わなければいけないことになっているそうで、そのお母さんも片時もお子さんのそばを離れることなくずっと病院に缶詰になっているそうです。

子どもが腎臓病で塩分制限をされているので、お母さんもお子さんの前では食事が出来ないこと、お子さんは食事やおやつの時間には好きなものが食べられなくてしょんぼりして下を向いてしまうこと、あまり言わない子だけどもっのすごくストレスが溜まっているとわかって、でも上手に解消させてあげることが出来なくて辛いということ、ストレスのせいか子どもが「頭が痛い」というようになってきたこと、お母さんは「これ以上は食べられないよ」とか「薬を飲みなさい」という役割なので、子どもにとってはイヤなことをする立場になっているかもしれないという不安、ダメというばかりでなくなんとか別の物で子どもが食べられるものを提供できないか医師と相談したこと、検査のMRIやCTは空いた時間に入れてもらうので時間がわからなくてお母さんたちも病院を離れることが出来ないこと、いろいろいろいろ入院中のお子さんもお母さんも、抱えるストレスは相当なものです。
ほんのわずかな時間でも、そんなお母さんに息抜きの時間を提供したいことと、ご飯を食べながら付き添いしているお母さん同士で交流を図って欲しいというのが、お母さん食堂のねらいです。

自分のご飯はいつも適当にパパッと済ませるというお母さんは「ホント、普段は生野菜とか食べられなくて。私、野菜大好きなので、こんなにたくさん野菜があって、本当に嬉しいです。売ってるご飯はどれも味が濃くて、この薄味のご飯だとホッとします。ありがとうございます。」と、とても感激されていました。
コーヒーがお好きだからと、食後はコーヒーも用意されていました。

私は午後にガラガラドンの活動があるため先に事務所を坂上さんより先にf:id:asovo:20180408160811j:imagef:id:asovo:20180408160829j:image出ましたが、温かい食事をいただいて、いっぱいしゃべって、好きなコーヒーを飲んで、それだけでもお母さんのストレスは少しは軽減されたことでしょう。

実は私も子どもの頃は腎臓が悪くて、入退院を繰り返していました。
私自身は痛くも痒くもなく元気だと思っていて、全然深刻にも捉えていなかったので、食事制限や運動制限をされたのはすごく不満でした。(幸い奇跡的に完治しました)
未就学の子どもに、それを理解して食べる物も我慢しなさいっていうのは無理な話しだよねって思いますが、病気を治すためにそれをさせなければならないお母さんの葛藤も同じ親として理解できます。
子どももお母さんもそれぞれに辛いですよね・・・

病院の中や外で病気と闘っている親子に、いろいろな方法で負担を軽く出来る手立てが考えられる世の中になっていって欲しいです。
私もお子さんへのタッチケアやお母さんへのマッサージで、微力ながら出来ることはたくさんあるなあとお話しを伺いながら考えていました。

今後、お母さん食堂がお母さんたちが安心して立ち寄れる心のよりどころになって行きますようにと願ってやみません。ボランティア佐藤みどり

きようだいと春休みにお出かけ企画

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NPOではこの春休みきょうだいと一緒に遊ぶ企画をたてました。
行先は「ディズニーランド」
きょうだいのいる4組の長期入院家族にお誘いしたところ、1組の応募がありました。
手をあげたのはふたりの姉妹で小学生と中学生、それにママがご一緒しました。この日はパパは病院で付き添い。
ママは「お母さん食堂」の利用者で面識はありますが、きょうだいとは初めてです。
舞浜駅で会った3人はまっかな口紅をつけてめいっぱいおしゃれさんした。
ボランティアは女学生と会社員の岡部さんと私が付き添いました。
小学生の妹はママとディズニーランドに行くことを前日知らされ、嬉しくて号泣したそうです。
お母さんと腕を組んで歩いておもいっきり甘えんぼさんをしていたり、姉妹のアトラクションの好みが違うので小学生はボランティアのお姉さんと一緒に(過激でない穏やかな乗り物)に行動して、おしゃべりをたのしんでいました。ママも歩きながら、こんな日がもててとても嬉しいですと。
👩ママからライン
「久しぶりにお姉ちゃんたちとのお出かけにこういう企画をして下さって本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。普段からなかなかお姉ちゃんたちとだけの外出も難しかったので、娘たちも喜んでくれて何よりです! 」

 

あやちゃんのお墓参り

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(土)
おやちゃんの1年の命日で
墓参り行ってきました。
りささんとみどりさんと3人で。
お墓は小高い丘にあり、
川沿いに満開の桜、その先に自宅がみえて絶景のロケイション。着いたときにはもう、きれいなお花がたくさん飾られていました。
墓参りの後、お母さんととランチ。
話題は、あやちゃんがゲームに強くて病室が賭博場と化したことやボランティアがコテンパンにやっつけられたこととか、しめっぽい話はなくて。
「退院してから何回一緒にディズニーランドいったかな。伊豆高原のホテルのお泊りも一番たくさんいったよね」
2歳から17歳まで何度も入退院を繰り返したあやちゃん、おにいちゃんが3人もいらしたし、お母さんはお仕事もあって、ボランティアの出番は土曜だけでなく、平日の夜とか、移殖後でも回数を増やしたり、こんなに長く、深いご縁をいただいた子どもはあやちゃんだけです。

この一年、お子さんに先立たれたお母さんの心中はいかほどかとお察ししますが、今日は主治医からメールが届いたり、学校の先生も来週墓参りに来るそうで、相変わらず人気者だね。
雲ひとつない青空に満開の桜が輝いて、あやちゃんが用意してくれたこの日は最高。
帰りはホームに着くと、そこへ青梅特快が滑り込んできて「やっぱりあやちゃん、只者ではない」

お母さん食堂を振り返って

f:id:asovo:20180325075321j:imageお母さん食堂第8回
2018.3.24

今年度最後の食堂、NPOとして新しい挑戦の日々を振り返ってみる。
お母さん食堂は入院に付き添う家族が、食事を通して交流する場として事務所を提供しようと考案したものだ。そもそもガラガラドンでは自然な形で「差し入れ 」はしていた。例えば小さいお子さんで親戚が近くにおらず遠方から長期に付き添うお母さんにサラダやサンドイッチの差し入れとか。それは子どもと毎週遊ぶ中で信頼関係があってのこと。わざわざ「お母さん食堂」とは呼ばないが。
今年度の「お母さん食堂」はそれと違う。事業としてやろうということで。
食堂開設の理由はいくつかあるが、きっかけは60キロの米を会員から贈られたこと。これを生かそうと。
準備は昨年秋から、私は食品衛生管理者の資格をとったりみんなで冷蔵庫の大掃除をしたり、
12月には近所の国立国際医療研究センター東京女子医大の二つの小児病棟にポスターを貼ってもらったり、ホームページにアップしたりで準備オッケー!
とりあえず三月までは月一回のお試しで。
ところが始まると最初に考えていたものとかなり違った形で動き出した。
まず出だしからつまずく。1月は問い合わせがなく、空振り。食堂なんかいらないのかも、知らない人の作るごはんは食べたくないだろうし。
2月、ガラガラドン事務所を会議に使っている女子医大のボランティアたちが、活動時、食堂の宣伝をしてくれたことで、3人のお母さんたちから連絡があった。
「子どものそばを離れられないので食堂に行けないので、出前でならお願いしたい」と。
とりあえず、3つのお弁当を作って病棟に届けた。
値段がお気持ち100円だったこともあり、とても喜ばれた。
事前にいくつかアンケートを用意していて、項目はアレルギーの有無、自宅の最寄り駅、付き添う時間、直近の入院日など。
すると、付き添いは毎日、24時間、家から病院まで2時間かそれ以上、一番近くても1時間とか。
直近の入院は「2016年7月」、「2016年9月」「2016年11月」
「といういことはみなさん1年以上の入院ですか‼️
お子さんの年は、1歳、1歳、小学生。 
「うちは生まれてすぐ」「うちは3か月のとき」「うちは闘病8年目」
脳腫瘍や難しい心臓の疾患を抱えていた。
私が「食堂すぐそこなので、来ませんか?」と誘うと、手を振って「シャワーの時間でも10分もかけないし、買い物も10分か15分で戻るので、とても外食はできません」てんかん、痰の吸引、目が覚めた時、親がいないと不安になるからなどなど。
「もし、食べておかしかったら連絡下さい」とlineを交換したらすぐに、お礼と感謝感激の声が届いた。

普段はコンビニでカップ麺、レンジが一台なんで、温めも面倒で最近はカロリーメイトですましてるとか、こんな事情を聞いて食堂は翌週から毎週にした。
おかげさまで口コミで広がって今では7-9人ほどに。
ボチボチ食堂に見えるお母さんたちも増えてきた。
そうなると、さらに増えるであろうこの事業で悩ましいのは大赤字なこと。でもお金はあとからついて来るだろう。
次回は「お母さん食堂」にいらしたお母さんたちのことを紹介したい。